67人一度も会わずネットで共同邦訳


 「ワルシャワ・ゲットーの悲劇を多くの日本人に知って欲しい」。ナチス・ドイツの迫害から奇跡的に生還したポーランド人の証言を、エスペラント愛好者67人が共同で邦訳し、ホームページで公開した。270ページに及ぶ本を、ネットを利用して互いに一度も会うことなく、短期間で翻訳。日本発のユニークな試みは世界各地にも輪が広がっているという。

 邦訳された本は、建築家ザレスキ・ザメンホフ氏が語る「ザメンホフ通り」。ポーランド人ジャーナリスト、ロマン・ドブジンスキ氏による聞き書きで、03年にエスペラント語で出版された。

 25年生まれのザメンホフ氏は、世界共通語をめざしてエスペラントをつくったザメンホフ(1859〜1917)の孫で、ゲットー経験は今回初めて公に語った。

 日本エスペラント学会参与の小林司さん(75)らが翻訳にあたった。愛好者のメーリングリストで全国から64人を募り、小林さんら3人が各人の訳を監修、約2カ月で共訳を完成させた。

 参加した愛知県豊田市の会社顧問(64)は「専門的な事柄などわからない点をメーリングリストで質問すると、詳しい人からすぐに回答があり、助け合って翻訳できた」と話す。横浜市ホームヘルパー(60)は「それぞれの訳をネットで公開してチェックし合ったので、翻訳の素人でも安心して参加できた」。

 同書でザメンホフ氏はゲットー内での生活、とりわけ絶滅強制収容所ユダヤ人を輸送する列車の発着駅「積換(つみか)え広場」の様子を詳しく語っている。同氏は42年8月、偽造の身分証明書を作って脱出に成功した。歴史家のウルリッヒ・リンス・ドイツ学術交流会東京事務所長は「最大の犠牲者である子供たちがゲットーの外から食糧や衣料を家族のためにひそかに運び込んでいたことなど、当時の雰囲気を知る上で有意義な証言」と評価する。

 ドブジンスキ氏が、世界のエスペラントの会にこの試みを紹介したところ、ポルトガル、ブラジル、リトアニアでも共訳が始まっているという。