medicine 診断基準が浸透せず


 生死にかかわるような体験の後に発症する心的外傷後ストレス障害(PTSD)の診断で、該当しない精神症状までPTSDとしている例がほぼ半数にのぼることが、日本精神神経学会日本産業精神保健学会の合同調査でわかった。病名が急に知られるようになった割に、医師の間に正確な知識が浸透していないためで、治療法の不適切な選択が懸念される。20日から札幌で始まる日本精神神経学会で報告される。

 両学会所属の医師(9376人)にアンケート用紙を送り、1151人から回答を得た。このうち28%の医師が臨床でPTSDと診断した経験があり、鑑定書など法的書類にそう記載した経験がある医師も13%いた。

 だがそれらのうち、そもそもまだPTSDとは診断できないはずの、ショックから1カ月以内に診断していたケースが、臨床例では47%、法的書類では52%を占めた。

 PTSDは、米国でベトナム帰還兵や婦女暴行の被害者がしばしば発症したことから研究され、確立した診断名。米精神医学会の診断基準や、ほぼ同内容の世界保健機関(WHO)の基準が国際的に認められている。

 アンケートでは、PTSDの3大症状とされる過覚醒(かかくせい)、再体験、回避も、「ある」とした回答(複数回答)は、臨床で32%、法的事例で37%だけ。他のストレス障害や外傷性神経症などがPTSDと混同されていると見られる。

 司法では、98年に横浜地裁でPTSDを理由に損害賠償請求が認められた後、PTSDを挙げての請求が急増している。

 調査メンバーの東邦大佐倉病院の黒木宣夫(のぶお)助教授(災害精神医学)は、「医師の間にPTSDの診断基準が浸透していない。安易にPTSDとしてしまうと、治療法の異なる様々な精神疾患を見逃しかねない。司法判断を惑わす恐れもある」と注意を呼びかけている。